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2025年11月

2025年11月25日 (火)

寄り道のなかにこそ 泉屋博古館(京都)

寄り道のなかにこそ 泉屋博古館

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11月22日、永観堂の紅葉を目指して南禅寺界隈を歩く途中、
ふと視界に入ってきたのが泉屋博古館だった。

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人の流れはそのまま永観堂へと吸い込まれていくが、
少し引いた場所に静かに佇むこの建物が気になり、足を止める。

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打放しコンクリートの量感と端正なプロポーションは、
どこか国立西洋美術館を思わせる表情を持ち、
京都の山裾という立地のなかで不思議な緊張感を保っている。

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紅葉の季節の華やかさとは対照的な、
その静かな存在感に導かれるように館内へ入った。

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開催されていたのは、住友コレクションによる中国青銅器の展覧会。

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これまで写真や書籍では目にしてきたものの、
実物を前にすると印象はまったく異なる。

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祭器としての厳格さを想像していたが、
実際には驚くほど愛嬌のある造形も多く、動物をかたどったものや、
どこか人間的な表情を湛えた器に思わず目が留まる。

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一方で、重厚な青銅器には長い時間の堆積を感じさせる緑青がまとい、
素材そのものが歴史を語っているようだった。

 

展示空間は過度な演出を避け、作品と静かに向き合える構成で、
外の紅葉の喧騒を忘れさせてくれる。

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永観堂へ向かう「途中」で立ち寄ったはずが、
気がつけばかなりの時間をここで過ごしていた。

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華やかな紅葉と、悠久の時間を内包した青銅器。

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その対比が、この日の散策に思いがけない奥行きを与えてくれた。

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京都の秋は、こうした寄り道のなかにこそ、静かな発見が潜んでいるのだと思う。

2025.11.22
京都 泉屋博古館

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2025年11月22日 (土)

京都紅葉めぐり 南禅寺・永観堂

京都・東山。
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紅葉の季節、南禅寺から永観堂へと歩く小さな巡り道は、京都の秋を凝縮した時間だ。

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南禅寺では、まず静けさに身を委ねる。

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色づき始めた木々と広い境内、煉瓦造りの水路閣。

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紅葉と近代建築が違和感なく溶け合い、歩く足取りまで自然とゆるやかになる。

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そこから永観堂へ向かう道すがら、

少しずつ色は深まり、空気もやわらいでいく。

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永観堂に着くころ、境内は鮮やかな紅葉に包まれていた。



庭園や回廊、池に映る赤や橙。

華やかでありながら、どこか静かで、心の奥にそっと染み込む。000014

南禅寺から永観堂へ。

歩くことでこそ感じられる、京都の紅葉がそこにあった。

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2025.11.22
京都 南禅寺・永観堂巡り

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2025年11月16日 (日)

静寂に染まる、晩秋の紅葉 京都亀岡 鍬山神社

京都市内の喧騒から少し離れた亀岡の地に、

ひっそりと佇む 鍬山神社(くわやまじんじゃ)

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紅葉の名所として名高い場所ではありますが、

訪れるたびに感じるのは「華やかさ」よりも

静けさと、時間の深さです。

境内へ足を踏み入れると、

頭上を覆うモミジの赤や橙が、

やわらかな光を受けてゆっくりと揺れていました。

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落ち葉を踏みしめる音、

遠くから聞こえる鳥の声。

そのひとつひとつが、

秋の終わりを告げる合図のように響きます。

鍬山神社の紅葉は、

「見せる」ためにあるというより、

そこに在る季節を、そっと受け止めるための紅葉

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派手さはないけれど、

心の奥に静かに染み込んでくる色合いが印象的です。

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ファインダー越しに切り取ると、

赤は赤のまま、

影は影のまま。

余計なものを語らず、

ただ秋という時間だけが写り込んでくれました。251116kuwayama5

一年に一度、

この場所が最も深い表情を見せる季節。

亀岡の空気とともに味わう鍬山神社の紅葉は、

「京都の秋は、まだこんなにも静かだった」と

あらためて教えてくれます。

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京都亀山 鍬山神社
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2025年11月 9日 (日)

海と大山にひらかれた美術館 鳥取・島根建築巡り

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シーザーペリーの「なしっこ館」に心を奪われた風景と建築の記憶

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鳥取県立美術館は、槇文彦さんの設計による、風景に寄り添う建築です。

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ここでは作品を見る前に、まず大山の気配や空の広がりに心を整える。

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宍道湖のほとりに建つ島根県立美術館は、菊竹清訓さんが手がけた、水と光を取り込む建築。

建築は強く主張することなく、人の感覚を自然へとひらいてくれます。

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宍道湖のほとりに建つ島根県立美術館では、水と光が静かに内部へ入り込み、

特に夕刻、低い光が差し込む時間帯には、建築そのものが風景を受け止めるフレームのように感じられました。

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作品と向き合いながらも、同じ時間を生きる自然が常にそばにあります。

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大山を望む植田正治写真美術館でも、建築は風景を支配せず、

人が土地の記憶や光と向き合うための場として、静かにそこに在っていました。

鳥取と島根で出会った美術館は、いずれも自然と感性をつなぐ存在でした。

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島根建築巡り

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2025年11月 3日 (月)

虹がかかる京都府立植物園

雨上がりの京都府立植物園。

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しっとりと濡れた園内を歩いていると、

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ふと空に虹がかかりました。

ほんの短い時間、

静かに現れては消えていくその光に、

思わず足を止めます。

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足元では、雨粒をまとったバラたちが、

いつもより深い色を見せていました。

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やわらかな花弁、葉に残る雫、

そして空に残る虹の気配。

それぞれは儚いのに、

不思議と心に強く残ります。

自然は特別な演出をしなくても、

こうして一瞬で景色を完成させてしまう。

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レンズ越しに感じた、

静かな高揚とやさしい時間を、

フィルムカメラで5枚に、そっと閉じ込めました。

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京都府立植物園

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